2021.07.20
老舗旅館の3代目が挑む“真”の企業×地域の共存
株式会社和多屋別荘 小原嘉元社長
今年4月、佐賀県嬉野市で70年以上続く老舗旅館「和多屋別荘」に東京のIT企業4社がサテライトオフィスを開設した。“旅館”という枠を越え、2万坪という広大な敷地を生かした「複合型リゾート施設」の開発に本格的に乗り出した小原嘉元社長に話を聞いた。
小原社長は同旅館の3代目だが、社長就任までの経歴は異色だ。父である2代目が乗り出したテーマパーク事業が不調で和多屋別荘の経営が傾いていた当時、アドバイスを受けていたコンサルティング会社に入社。そこで再生コンサルファームの経験を積み、2005年に旅館再生コンサルファーム会社を創業した。以後全国80案件を超える再建に携わり、36歳で和多屋別荘の社長に就任。現在、宿泊施設やレストラン、スパを運営するホスピタリティ事業と、前述のサテライトオフィスの企画運営などを行うリーシング事業の2本柱で展開している。
サテライトオフィスに入居する企業は、地域創生に対する想いが真にあるかどうかを、小原社長自ら面談を通して確認する。「佐賀に腰を据えてビジネスを生む意欲があり、なおかつ地元採用を念頭においているか、そして和多屋別荘、あるいは嬉野市にシナジーがあるかで判断している」と話す。
地元での雇用は、単に雇用創出だけでなく、ユニークな展開を生むこともあるという。4月に入居した企業の中には海外に拠点を置くところもあり、佐賀に生まれ育った人達が、今後九州を飛び越え世界で活躍できるチャンスも大いに秘めているのだ。
「一見面倒だと思う一手間が、襟を正す貴重な時間に」
同社はコロナ禍以前から、東京に本社を置くイノベーションパートナーズと共同で広大な土地を活用したワーケーション事業にも取り組んでいる。メインターゲットは経営者層で、イノベーションパートナーズの社員が現地秘書として来客対応や会食のセッティングなど、利用者のコンシェルジュとして全面的なサポートを行う。単に滞在先の部屋で仕事をする環境を“ワーケーション”と謳う宿泊施設もあるが、和多屋別荘が提案するワーケーションは違う。「部屋からコワーキングスペースまでの移動は襟を正す時間に、食事時間の制約や着替えといった一見面倒と思われる行為は、秩序を正す大切な時間になる。滞在先でもオンとオフを切り替える環境を提供する、これが真のワーケーションだ」と断言する。続けて「ある程度制約が設けられた旅館でのワーケーションというのは、勤勉な日本人の素質に合っているのかもしれない」と分析する。
現在3泊~14泊の3プランを用意しているが、将来的には約1ヶ月の長期滞在プランのスタンダード化を目指しているという。
11月に敷地内に図書館とインテリアショップをオープン予定
年内に企業誘致数を現在の5社から10~12社まで増やし、100人のワーカーの取り込みを目指す小原社長は、豊富な資源を活用した「食住」環境の整備に加え、新たな価値創出に向けて動き出している。そのひとつが、今年11月に敷地内にオープン予定の有償の図書館とインテリアショップだ。“本とお茶が楽しめる図書館“をコンセプトとした自社ブランドの図書館には、約1万点の書籍を揃え、宿泊者には無償で開放する。インテリアショップについては地元の家具屋とタッグを組み、“泊まれる家具屋“として準備を進めており、「この2つのオープンで世に大きなインパクトも与えることができるのではないか」と期待を込める。
「我々は1300年湧き出る嬉野温泉、500年続くお茶の栽培、400年続く肥前吉田焼きという不変的な土台のもと、2万坪の土地で“ただ”71年間宿をしているだけに過ぎない。コロナ禍で旅館業の脆弱性が明らかとなったいま、強固な土台を上手く活用し、事業を成長させていくことが2万坪の管理人を務める私に課せられた役目」と前を見据える。そんな小原社長が考える事業構想は、宿泊施設の垣根を越えた、壮大な複合型リゾート施設事業だ。
数々のイノベーションを巻き起こしながらも、地元の伝統を紡ぎ継承していくその姿勢は、今後も高い注目を集め続けるだろう。
<社長の横顔>
1977年1月生まれ。嬉野市出身。経営者として手腕を振るう傍ら、嬉野茶や肥前有田焼など地域の伝統文化の活性化にも奔走している。客室の改装工事が趣味。
<会社概要>
社 名 株式会社和多屋別荘
設 立 1950年7月
代 表 小原 嘉元
所 在 地 佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙738
電話番号 0954-42-0210